吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、日本税理士会連合会顧問の鳥飼重和先生(鳥飼総合法律事務所)の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第66回 遅刻した社員に居残りさせたら

     残業代が要るの?

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 堀田陽平

武田社長 いやー、わが社にも新入社員が入ってきたのだ

が、まだ学生気分が抜けていないな。

吉永弁護士 どうかしたのですか、社長?

武田社長 この前、ある新入社員が1時間も寝坊して遅刻し

てきたんだよ。たるんでいるな。こりゃゆとり教育のせいだ

な。

吉永弁護士 新生活が始まって疲れがたまっていたのではな

いですか? それに、何でもゆとり世代だからで片づけては

だめですよ。社長のお子さんも確かその世代ですよね。

武田社長 ……。

吉永弁護士 とはいえ、遅刻はいけませんね。それで、その

新入社員はどうしたのですか?

武田社長 当然、その場でも注意したよ! その社員には、

1時間遅刻してきたから1時間多く働いてもらったよ。

吉永弁護士 社長もなかなか厳しいですね。

武田社長 うむ。しかし、今思うとまずいことをしたかな

……。

吉永弁護士 どうしてですか?

武田社長 わが社の所定労働時間が8時から17時で、休憩が

1時間なのだが、18時まで働かせてしまったんだよ。最近は

残業をさせるなという風潮だし……。

吉永弁護士 確かに世の中の風潮はそうですが、その場合、

残業代はいりませんよ。

武田社長 えっ、そうなの?

吉永弁護士 「所定労働時間」と、残業代支払いの基礎とな

る「労働時間」は違うのです。

武田社長 どう違うの?

吉永弁護士 「所定労働時間」とは、就業規則で定める「こ

の時間からこの時間まで働いてください」という時間のこと

です。残業代の基礎となる「労働時間」は、労働者が会社の

指揮命令下に置かれていると評価できる時間で、「実際に働い

た時間」なのです。残業代を支払わなければならないのは後

者ですね。

武田社長 そうなのか。

吉永弁護士 ですから、1時間遅刻してきた人は、1時間は

会社の指揮命令下に置かれていないので、そのぶん働かせて

も残業代はいらないのですよ!

武田社長 なるほど。じゃあ、うちは休憩時間の10分前には

予鈴が鳴って、みんな準備を始めるようになっているのだけ

ど、これはどうなるの?

吉永弁護士 その場合、1日8時間10分間働いていることに

なるので、10分間分の時間外手当を支払わなくてはいけませ

んね……。

武田社長 たった10分でもか……。

吉永弁護士 もちろんです! 短ければよいというわけでは

ないのですよ。そのほかにも、「休日」と「休暇」の使い分け

はしっかりできていますか?

武田社長 何か違うの?

吉永弁護士 ごちゃまぜに使われているようですが違うので

す。「休日」は、もともと働かなくてもよい日のことで、「休

暇」は、もともと働かないといけない日だけれど、特別な理

由で働かなくてよい日のことなのです。

武田社長 分かったような、分からないような……。

吉永弁護士 例えば、「休日」に働かせた場合には割増賃金を

支払わないといけませんが、「休暇」の日に働かせてもこれは

必要ありません。

武田社長 なるほど。

吉永弁護士 日常用語と法律用語が似ていると、間違ってい

ることすら気づかないことがあるので注意してくださいね。

武田社長 分かりました。いずれにせよ、社会人として遅刻

はだめだとしっかり認識させよう!

【解説】

1「所定労働時間」と、割増賃金発生の基礎となる「労働時間」

⑴ 就業規則では、所定労働時間を定めなければなりません(労働基準法89条1号)。ですが、この所定労働時間と、割増賃金支払いの基礎となる同法32条の労働時間は異なります。

⑵ 後者の労働時間は、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいうとされています。

要は、割増賃金(残業代)の支払いに関しては、所定労働時間外か否かではなく、実労働時間が8時間を超えているか、という観点から決定されます。

⑶ 今回のように遅刻した社員がいる場合、そのぶん「実労働時間」が少ないことになるので、8時間以内であれば、所定労働時間を超えて労働させたとしても、割増賃金を支払う義務はありません。

 

2「休日」と「休暇」

⑴ 「休日」についても、就業規則にこれを定めなければなりません(労働基準法89条1号)。

⑵ これと似た言葉として「休暇」という言葉がよく使われていますが、法律的には異なる意味を持っています。

 すなわち、「休日」はもともと働かなくてよい日のことで、「休暇」はもともと働かなければならなかったが一定の理由から働かなくともよいこととなった日のことをいいます。

⑶ 事例では、「休日」に働かせた場合には割増賃金が発生すると説明されていましたが、正確には、割増賃金が発生するのは、「法定休日」に働いた場合です。「法定休日」と区別される「休日」として「所定休日」があります。「法定休日」は3割5分以上の割増賃金の支払いが必要ですが、「所定休日」については休日の規制はかかりません。ただし、時間外労働に該当すれば、そのぶんの割増賃金の支払いが必要になります。

 「法定休日」を振り替えるときには、契約上の根拠があり、かつ週休制の原則を満たしていなければならず、自由に「休日」を振り替えることができるわけではないので注意しましょう。

 

3 その他

 法律に従った場合には、上記のようになりますが、会社によっては、「所定労働時間」を超えた場合にも残業代を支払うことが就業規則に定められている場合があります。その場合には、実労働時間が8時間以内でも「所定労働時間」を超えている以上、残業代を支払うこととなるので、会社の就業規則を確認しておきましょう。