吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、日本税理士会連合会顧問の鳥飼重和先生(鳥飼総合法律事務所)の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第60回 現場への移動時間も労働時間に当たる!?

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 川久保 皆実

野田社長 吉永先生、ちょっとお聞きしたいことがあるのです

が……。

吉永弁護士 あら野田社長、どうされましたか?

野田社長 現場作業をしているうちの従業員が、建設現場への移動時間も労働時間に当たるはずだから、その時間分の給料も

支払ってほしいと言ってきたんです。

吉永弁護士 あら、それは大変ですね。

野田社長 建設現場への移動時間中は、みんなスマホをいじったり、漫画を読んだり、居眠りをしたりと自由に過ごしている

ので、労働時間に当たるなんてありえないですよね!?

吉永弁護士 それが実は、労働時間に当たる場合もあるのです。

 御社では、建設現場への移動はどのように行っているので

しょうか?

野田社長 朝、いったん会社に集合し、マイクロバスに乗り合わせて現場に行くという流れです。作業後も、マイクロバスで

現場から会社まで戻るというルールになっています。

吉永弁護士 現場への直行直帰は認められていないのでしょうか?

野田社長 はい、直行直帰は原則として認めておりません。

吉永弁護士 なるほど。そのような事情ですと、本件の場合、会社から現場への往復の移動時間は労働時間に当たるので、その時間分の賃金は支払わなければなりません。

野田社長 ええっ! そうなんですか……!?

 では、どのような場合に、現場への移動時間が労働時間に

当たらないとされるのでしょうか?

吉永弁護士 現場に直行直帰させている場合や、会社の指示ではなく従業員たちが任意で会社に集合して車両に乗り合って現場に行く場合には、移動時間は労働時間に当たらないとされて

います。そのような体制に変更することは可能でしょうか?

野田社長 う~ん……それはなかなか難しいと思います。

 建設業では、現場作業員の頭数をそろえることが極めて重

要ですので、いったん会社に集まってもらって、人数をしっ

かり把握してから現場に向かわせる必要があるのです。

吉永弁護士 そうですか。となると、やはり移動時間については労働時間として賃金を支払うしかないですね。

野田社長 その場合の賃金は、現場で働いている時間と同じ賃金を払わなければならないのでしょうか?

吉永弁護士 いいえ、そういうわけではありません。移動時間中の賃金については、労使間で合意ができれば、現場での労働についての賃金よりも安い時間給設定とすることや、運転手と

それ以外で時間給に差をつけることも可能です。ただし、最

低賃金を下回ってはなりませんので、その点は十分注意して

ください。

野田社長 なるほど。早速、そのように制度を見直したいと思います。貴重なアドバイス、どうもありがとうございました。

【解説】

⒈現場への移動時間は労働時間に当たる場合がある

 作業現場への移動時間については、労働時間に当たらないものとして賃金を全く支払わなかったり、最低賃金を大きく下回る額の手当のみを支払っているという企業が多く見受けられます。

 現場への移動時間が労働時間に当たるかどうかについて判断した裁判例としては、(1)総設事件(東京地判平成20.2.22)と、(2)阿由葉工務店事件(東京地判平成14.11.15)の2つが参考になります。

 (1)総設事件では、現場への直行直帰ではなく、いったん会社に集まってから現場へ赴き、現場作業後もいったん会社に戻ることが原則であった以上、移動時間も含めて労働時間に当たると判断されました。

 一方、(2)阿由葉工務店事件では、会社事務所から工事現場までの移動につき、会社の指定する車両によらなければならないとされていたわけではなく、移動者の任意であることからすれば、通勤時間としての性格を有するものであり、労働時間には当たらないと判断されました。

 現場への移動時間が労働時間に当たるかどうかを判断する場合には、当該ケースが①総設事件と②阿由葉工務店事件のどちらに近いケースなのかを検討するとよいでしょう。

 野田社長の会社のように、現場への直行直帰は認められず、会社の指示によりいったん会社へ集合して現場に向かうという運用体制を取っている場合には、まさに(1)総設事件に近いケースなので、移動時間は労働時間に当たるものと考えられます。

⒉現場への移動時間中の賃金

 上記1で移動時間が労働時間に当たると判断される場合には、移動時間についても賃金を支払わなければなりません。

 もっとも、移動時間中の賃金については、労使間で合意ができれば、現場での労働についての賃金とは別の時間給設定をすることや、運転手とそれ以外で時間給に差異をつけることも可能です(※)。ただし、時間給を設定する際には、全ての労働者について、最低賃金を下回らないように注意してください。

※ 時間給の設定については、就業規則(給与規程)や労働条件通知書で明示する必要があります。