吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、鳥飼総合法律事務所の代表弁護士である鳥飼重和先生の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第59回 訴えないとダメ!?

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 久保田 真悟

小野社長 もしもし。夜分遅くにすみません。小野です。

吉永弁護士 あっ小野社長! こんな時間にどうされたので

すか?

小野社長 ちょっと当社で問題が起きてしまいまして……。

それにしても先生はこんな時間まで働いているんですね。

吉永弁護士 朝が苦手なだけです……。

小野社長 ははは。私もです。毎朝目覚まし時計が鳴るのが

恐怖ですよ。

吉永弁護士 右に同じです。ところで、今日はどうされたの

ですか?

小野社長 実は、ちょっと当社で問題が起きてしまいまして

……。

吉永弁護士 詳しく教えていただけますか?

小野社長 実は、今回スマホ向けのゲームアプリ「ビジネス

サンタ~未来志向の経営~」を制作して取引先に納品したの

ですが、代金の一部が支払われませんでした。

吉永弁護士 なるほど。それでその未払い代金を回収したい

ということなのですね。

小野社長 そうではないんです。

吉永弁護士 むむむ!? 違うのですか??

小野社長 もちろん、当初は回収を試みて書面で弁済を求め

たのですが、取引先は経営状態が厳しいようで、支払いに応

じるのは難しいとの返答でした。

吉永弁護士 なるほど。それでどうされたのですか?

小野社長 一応、取締役会でも検討はしたのですが、金額も

大きくないですし、取引先の経営状態を考えれば、回収の見

込みが高いとも思えませんでしたので、法的な手段を取る必

要はないとの判断に至り、それ以上の対応はしませんでし

た。

吉永弁護士 そうですか。特に問題はないように思うのです

が……。

小野社長 実は、それからしばらくして当社の株主のひとり

から、代金の未払いがあるのに訴えを提起しなかったのは取

締役に求められる善管注意義務に違反する行為だとして、私

を含めた当社取締役を訴えるとの提訴請求書が届いたのです。

吉永弁護士 あらら。それは大変ですね。

小野社長 このような経験は初めてなので、どうしたらよい

ものか分からず、先生にご相談させていただきました。

 先生……、私はこれからどうなるのでしょうか……。

吉永弁護士 株主から取締役を訴えることを求める提訴請求

がなされた場合は、監査役が会社を代表して提訴の当否を判

断することになります。そして、監査役が訴えを提起すると

いう判断をした場合には、会社が取締役を訴えることになり

ます。監査役が訴えを提起しないという判断をした場合に、

株主がその判断に納得できなければ株主代表訴訟が提起され

ることになりますので、いずれにしても提訴をされることを

避けるのは難しいように思います。

小野社長 ……監査役は取締役会の判断に問題があるとは考

えていないようですので、会社から訴えられることはないと

思いますが、株主代表訴訟の提起は避けられないように思い

ます。提訴をされた場合、私に勝ち目はないのでしょうか。

吉永弁護士 そういうわけではありません。会社が債権を持

っている場合にはその回収を図ることになりますが、任意の

弁済がない場合に法的な手段を取らないことが直ちに善管注

意義務違反と評価されるわけではないのです。

小野社長 それはどういうことなのですか?

吉永弁護士 債権をどのように管理・回収するかという点に

ついては、取締役に一定の裁量が認められています。

 極端な例ですが、例えば、ある会社が取引先に対して1万円

の債権を持っている場合に、仮に訴えを提起してこの1万円を

回収しても費用倒れに終わってしまいますよね?

小野社長 そうなりますね。

吉永弁護士 このような場合、提訴することは会社の利益に

つながらないことは明らかですから、提訴をしないことをも

って善管注意義務違反と評価されることにはなりません。

小野社長 なるほど。それはそうですね。債権回収可能性や

回収可能利益とコストとのバランスを考えると提訴すること

は合理的ではないと判断しました。

吉永弁護士 そのようなことであれば、仮に提訴をされたと

しても善管注意義務に違反したと判断されることはないと思

いますよ。ただ、念のため、判断の基礎とした資料と判断内

容の合理性についてはまた明日にでもお話を聞かせてくださ

い。

小野社長 あ~よかった。これで今晩はぐっすり眠れそうで

す。先生ありがとうございました!

【解説】

不提訴と善管注意義務違反

 株式会社が債権を有している場合、取締役には当該債権を適切に管理・回収を図ることが忠実義務(会社法第355条)および善管注意義務(会社法第330条、民法第644条)の内容として求められます。もっとも、取締役には経営判断事項につき裁量が認められており、債権回収についても経営判断事項として一定の裁量が認められるとされています。会社の第三者に対する損害賠償請求債権に関し、取締役による不提訴の判断が善管注意義務に違反するかが問われた裁判例では、以下の判断が示されています。

 「債権管理・回収の具体的な方法については、債権の存在の確度、債権行使による回収の確実性、回収可能利益とそのためのコストとのバランス、敗訴した場合の会社の信用毀損リスク等を考慮した専門的かつ総合的判断が必要になることから、その分析と判断には、取締役に一定の裁量が認められる……取締役が債権の管理・回収の具体的な方法として訴訟提起を行わないと判断した場合に、その判断について取締役の裁量の逸脱があったというためには、取締役が訴訟を提起しないとの判断を行った時点において収集されたまたは収集可能であった資料に基づき、1.当該債権の存在を証明して勝訴し得る高度の蓋然性があったこと、2.債務者の財産状況に照らし勝訴した場合の債権回収が確実であったこと、3.訴訟追行により回収が期待できる利益がそのために見込まれる諸費用等を上回ることが認められることが必要というべきである。」(東京地判平成16年7月28日判タ1228号269頁)

 上記の判示事項によれば、本件の場合、債権回収の確実性が低く、回収可能利益がコストに見合わないと判断したうえで不提訴が相当であるとの判断を行っていることから、小野社長の経営判断に善管注意義務違反はないとの結論になると考えられます。