吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、鳥飼総合法律事務所の代表弁護士である鳥飼重和先生の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第58回 退職理由の変更、大丈夫?

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 末長 祐

山縣社長 吉永先生。実は、わし、じゃなかった、友人の男

性のことで相談があるのじゃが……。

吉永弁護士 社長のお話ではないという前提で、お伺いいた

しましょう。

山縣社長 ありがとうございます。わし……の友人は、妻子

ある男性じゃ。以前、その男性のことで、吉永先生にご相談

したことを覚えているじゃろうか。遺言を書いて、仲のよい

女性に財産をあげることができるかという相談(本誌2012年5月号)だったのじゃが。

吉永弁護士 (社長、まだあの女性との関係が続いていたの

ですね……)

山縣社長 その女性は、友人の会社で働く従業員じゃった。

最近まで友人と女性の仲はうまくいっていたんじゃが……。

ぐすん。

吉永弁護士 社長、あくまでご友人のことなのですから、泣

かないでください。

山縣社長 すまんすまん。ところが、最近になって、その女

性は別の男性を好きになってしまったのじゃ。友人も必死に

引き止めたのじゃが、女性は新しい男性のもとで働きたいと

言って、友人の会社を退職することになってしまったのじゃ。

吉永弁護士 それは大変でしたね。

山縣社長 しかし、話はこれで終わらん。その女性は、当

初、自己都合で退職することになっていたんじゃが、先日、

「事業主都合だったということで退職手続きを進めてくれな

いか」と連絡をしてきたのじゃ。わしの友人も負い目がある

ので、その要望に応じようかとも思ったのじゃが、まだ返答

をしていないのじゃ……。

吉永弁護士 それは、賢明なご判断でしたね。

山縣社長 どういうことじゃ?

吉永弁護士 事業主都合による退職の場合と自己都合による

退職の場合の大きな違いは、雇用保険の失業等給付のうち基

本手当が受けられる期間です。前者のほうが、受給の開始時

期も早く、かつ受給期間も長いのです。このため、その女性

は、事業主都合による退職を望んだのでしょう。

山縣社長 そういえば、そんなことを言っておったな。

吉永弁護士 しかし、自己都合退職なのに、事業主都合によ

る退職であると届け出た場合には、虚偽の届け出にあたりま

す。この場合、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金を科

せられてしまうおそれがあります。

山縣社長 なんと!

吉永弁護士 それだけではありません。虚偽の届け出をする

と、その女性は失業保険を不正に受給することになりますよ

ね。つまり、社長のご友人は、女性の不正受給に加担したこ

とになるのです。

山縣社長 そうなると、どうなるのじゃ……?

吉永弁護士 社長のご友人は、詐欺罪などの罪に問われてし

まう可能性があります。

山縣社長 そんな!

吉永弁護士 それだけではありません。厚労省が管轄する助

成金の多くは、その受給要件として、一定期間中に事業主都

合による離職をさせていないことなどが掲げられているので

す。ですから、安易に事業主都合で退職させてしまうと、助

成金を受給できなくなってしまうおそれもあるのです。

山縣社長 なるほど。女性問題が、「助成問題」につながるわ

けじゃな。

吉永弁護士 ……。と、とにかく、その女性には、毅然とし

た態度で対応したほうがよろしいでしょう。

山縣社長 よく分かった。安易に退職理由の変更に応じない

ほうがよいということじゃな。

吉永弁護士 そのとおりです。

山縣社長 しかし、毅然とした態度で対応するというのも難

しいし……。そうじゃ。やはり、その女性を頑張って引き止

めることにしよう! あ、もちろんわしの友人が、じゃよ。

吉永弁護士 (どうしてそうなるのかしら……)

【解説】

 失業等給付は、求職者給付、就職促進給付、教育訓練給付および雇用継続給付に大別されます(雇用保険法10条1項)。本文中で取り上げた基本手当は、求職者給付の一種であり(同条2項1号)、その最も基本的な給付です。

 基本手当は、原則として離職の日の翌日から起算して1年の期間(受給期間)内の失業している日について、後述の所定給付日数を限度として支給されます(同法20条1項)。もっとも、公共職業安定所に最初に求職の申し込みをした日以後、失業している日が通算して7日に満たない間(待機期間)は支給されません(同法21条)。また、正当な理由がなく自己の都合によって退職した場合には、原則として、待機期間満了後1カ月以上3カ月以内の間で公共職業安定所長の定める期間、基本手当が支給されません(同法33条1項)。したがって、自己都合退職の場合と事業主都合退職の場合とで、基本手当の受給の開始時期に差異が生じるのです。

 基本手当の所定給付日数は、離職の理由、受給資格者の離職日における年齢および算定基礎期間によって定められます(同法22条、23条)。所定給付日数は、自己都合退職の場合が90日から150日、事業主都合退職の場合が90日から330日です。

 こうしたことから、退職者が、退職理由を事業主都合へ変更するように申し出る事例が少なくありません。しかし、事業主が安易にこの申し出に応じて虚偽の届け出をすると、6カ月以上の懲役または30万円以下の罰金に処せられたり(同法83条1号)、詐欺罪(刑法246条1項)等の罪に問われたりすることがあります。

 また、特定求職者雇用開発助成金においては、対象労働者の雇い入れ日から最後の支給対象期に係る支給決定までの間に、当該対象労働者を事業主都合により離職させた場合は、当該支給申請については不支給となるとされています。類似の規定は、中小企業基盤人材確保助成金やトライアル雇用奨励金などにおいても設けられています。