吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、日本税理士会連合会顧問の鳥飼重和先生(鳥飼総合法律事務所)の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第55回 遺産にしないほうがお得な財産!?

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 宇治 圭

吉永弁護士 武田社長、本日はどうされました?

武田社長 個人的なご相談で、しかも私の話ではなくて恐縮

なのですが……。

吉永弁護士 どうぞ、お気になさらず。

武田社長 私の友人に黒田さんという方がいるのですが、こ

の方のお母様が亡くなって、相続が発生したそうです。

 黒田さんのお父様は既に亡くなっているので、相続したの

は、子供である黒田さんと、黒田さんのお姉様である石田さ

んの2人だと聞いています。

吉永弁護士 法律的には、お子さん2人で、お母様の遺産を2

分の1ずつの割合で相続されることになりますね。

武田社長 はい。それで、遺言も特になかったため、現在は

遺産分割のための協議が行われているそうです。

 ちなみにお母様の遺産ですが、不動産は特になく、銀行な

どへの預金が4000万円ほどあるとのことです。

 問題は、黒田さんはお母様がご存命のころ、ご自身の経営する自動車整備工場の開業資金として、1000万円の贈与を受けていたことです。

 この贈与について、お姉様の石田さんは黒田さんに対して、「特別受益」というものに該当するため、「持戻し」がされるべきとだと強く主張しているようなのです。

 私には「特別受益」や「持戻し」が何なのかよく分からんのですが、何でもこのことで、姉弟間でけんかが始まる寸前だそうで、まさに関ヶ原の戦いといったところです。はっはっは。

 それはさておき、石田さんの主張が通りそうでしょうか。

吉永弁護士 まず「特別受益」についてですが、これは相続

した方(相続人)のなかに、亡くなった方(被相続人)か

ら、遺言によって贈与(遺贈)を受けたり、生前の被相続人

から贈与を受けていたりした場合の、こうした遺贈や生前贈

与のことをいいます。

武田社長 ほう。

吉永弁護士 特別受益を受けた相続人が、他の相続人と同じ

相続分を割り当てられると、もともと特別受益で財産をもら

っているうえに相続でさらに遺産をもらうことになり、不公

平になります。そこで、この不公平をなくすため、最終的な

相続分の算定にあたっては、まず、相続人のひとりが受けた

生前贈与の額を相続財産のなかに計算上加える「持戻し」と

いう作業をします。

 そして、この持戻しをしたあとの金額を基礎に、各共同相

続人の相続分に応じて各相続人の一応の相続分を算定しま

す。そして、特別受益を受けた相続人については、そこから

特別受益分を控除し、最終的な相続分を計算します。

武田社長 なるほど。

吉永弁護士 ところで、黒田さんのお母様が残された唯一の

財産である預金は、法律的には可分債権という、数量的に分

割することのできる債権にあたります。

武田社長 可分債権だと、何か結果が違ってくるのですか?

吉永弁護士 はい。判例に従えば、可分債権は、遺産分割の

手続きを待つまでもなく、被相続人が亡くなった時点で法定

相続分にしたがって自動的に分割されます。ですから原則と

しては、預金は遺産分割の対象となる遺産には含まれませ

ん。

 そうなればお母様の遺産はゼロということになりますか

ら、黒田さんは生前贈与の1000万円と預金の半分の2000万円をもらい、石田さんは預金の半分の2000万円をもらうだけになりますので、特別受益の持戻し計算をする必要はありませ

ん。

武田社長 そうなのですか! 東軍あっぱれですな。

吉永弁護士 ただし、家庭裁判所の実務では、預金も財産と

いうことで、相続人の間で遺産に入れて分割するという合意

があれば、預金も遺産の範囲に含めて分割対象とされること

が多いようです。

 黒田さんの場合は1000万円の生前贈与が特別受益となりそ

うですから、黒田さんにとっては、預金を遺産分割対象にす

ることに合意しないほうが、有利な結果になりそうですね。

武田社長 なるほど。ありがとうございました。早速、黒田

さんにアドバイスしたいと思います。

【解説】

⑴特別受益と遺産分割

 遺産分割協議において、被相続人から贈与を受けた相続人がいる場合には、本文中で吉永弁護士が説明しているとおり、贈与が「特別受益」にあたると判断される可能性があります。この場合、他方の相続人は特別受益の「持戻し」(民法903条)を主張することができます。

 本件に即して説明すれば、通常、黒田さんの具体的相続分は、遺産評価額である4000万円に法定相続分である2分の1を乗じた2000万円です。しかし、被相続人からの黒田さんに対する1000万円の贈与は、黒田さんの経営する自動車整備工場事業の開業資金のためにされたものであり、被相続人の死亡時に有していた財産の4分の1もの割合を占めるという観点からすれば、特別受益に該当する可能性が高いと考えられます。そうすると、特別受益の持戻しがされた場合、黒田さんの具体的相続分は、以下の計算式から、1500万円となります。

  (4000万円+1000万円)×1/2-1000万円=1500万円

 

⑵預金債権は遺産に含まれない!?

 預金は法的には預金債権といいますが、預金債権は分割可能な債権(可分債権)であるため、遺産分割の手続きを待つまでもなく「法律上当然に分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するもの」と解されています(最高裁昭和29年4月8日判決)。したがって、原則としては、預金債権は遺産分割の対象となる遺産には含まれず、特別受益も問題とはなりません。とはいえ、可分債権が常に遺産分割の対象とならないとするのは当事者の意思に反する場合もあると考えられることから、実務では、預金債権を遺産分割対象とする合意があれば、預金債権も遺産の範囲に含め、分割対象とされるケースが多くみられます。

 しかし、預金債権を遺産の範囲に含めると、⑴において解説した特別受益の問題が生じうることには留意すべきです。特に本件のような場合には、預金債権を遺産の範囲に含めない場合に黒田さんの具体的相続分が2000万円であるのに対し、預金債権を遺産の範囲に含めた場合には特別受益の持戻しにより、具体的相続分が1500万円となってしまう可能性が高いと考えられます。上記500万円の差を考慮すれば、黒田さんは預金債権を遺産の範囲に含めることに合意しないほうが得策といえるでしょう。

 ただし、遺産分割の際、預貯金が分割の対象になるかどうかが争点となった事件において、平成28年3月23日、最高裁第一小法廷は審理を大法廷に回付しました。大法廷に回付されるということは、従来の判例が変更され得ることを意味します。したがって、前記の当然分割に関する判例変更が行われ、預金債権が遺産分割の対象に含まれる可能性も出てきたことになります。今後の最高裁の判断を注視しましょう。

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