吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、日本税理士会連合会顧問の鳥飼重和先生(鳥飼総合法律事務所)の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第52回 長時間労働で書類送検のおそれアリ!?

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 川久保 皆実

小野社長 吉永先生、聞いてくださいよ~。

吉永弁護士 あら小野社長、どうされましたか?

小野社長 先日うちの会社に労基署が入りまして、長時間労働をやめろとか何とか言われちゃいましたよ。

吉永弁護士 えっ!? そうなんですか! それで小野社長、どうされたのですか?

小野社長 会社の状況も知らずにガミガミうるさいなぁと思っ

て、取りあえず放置しています。

吉永弁護士 放置ですか……! 労基署から指導を受けた際に、何か書面を渡されませんでしたか?

小野社長 あぁ、たしか、是正なんとかっていうタイトルの書面を渡されたような気がします。

吉永弁護士 「是正勧告書」のことですね。その書面、放置し続けると、再度労基署が監督に入る可能性があり、それでも長時間労働を是正しないと、最悪の場合、検察庁に送検されてし

まいますよ。

小野社長 ええっ! そうなんですか!

 でも、うちの会社は以前先生から教えていただいた通り、

残業代は働いてもらった分だけしっかりと支払っています

し、送検されるような悪いことをしているとは思えないので

すが……。

吉永弁護士 長時間労働ということですが、御社では従業員に何時間くらい残業させているのでしょうか?

小野社長 このところ、新しいゲームの開発が佳境を迎えていまして、開発チームの従業員は連日会社に泊まり込んでいるよ

うな状況です。おそらく残業時間は月160時間くらいになって

いると思います。

吉永弁護士 ええっ! 社長、それはかなりまずい状況です!

 そもそも御社の36協定(※)では、たしか最長でも月80時

間しか時間外労働をさせられないという内容になっていたは

ずですよね。

小野社長 それはそうかもしれませんが、従業員は残業代をもらってやる気満々で頑張っているんですから、別に問題ないで

しょう?

吉永弁護士 いいえ、問題大アリです! 36協定で定めた上限時間を超えて残業させることは、れっきとした労基法違反で刑事罰の対象にもなるんですよ。

小野社長 えっ……、そんな大げさな……。

吉永弁護士 大げさじゃないですよ。実際に、36協定で定めた上限が月80時間であったにもかかわらず、最長で月150時間近く時間外労働をさせていたという事案では、残業代を支払っていたけれども労基署に書類送検されてしまいましたよ。

小野社長 本当ですか? それって、明日はわが身じゃないですか。

吉永弁護士 その通りです。それに、もし今開発チームの方が過労死や過労自殺してしまったとすれば、遺族から御社に対して1億円近い損害賠償を請求されかねませんよ。

 ひと月に160時間も残業させていたら、業務と死亡との間の

因果関係ありと容易に認定されてしまうでしょうね。

小野社長 うわわ……。私の考えが甘かったようです。残業時間を減らすべく、早急に何とかしたいと思います。

吉永弁護士 リスクに気付いていただけてよかったです。労基署への是正報告も忘れずに行ってくださいね。

※ 労働基準法第36条に基づく労使協定で、「さぶろくきょうてい」と呼ばれることが多い。

【解説】

1.労働基準法違反と送検

 労働基準監督官は、労働基準法違反の罪について、司法警察官としての権限を有しています(労働基準法第102条)。したがって、労働基準法に違反しているとして是正勧告を行った事業場が適切に是正対応しない場合には、労働基準監督官は司法警察官としての権限を行使して、検察庁に送検することがあります。

 

2.残業時間と36協定

 労働基準法上、1日8時間、1週40時間を超える時間外労働は原則禁止とされており、例外的に36協定を締結して届け出ておけば、その限度で時間外労働をさせることができるとされています(労働基準法第32条、第36条)。したがって、たとえ残業代(時間外労働の割増賃金)を支払ったとしても、36協定で定めた上限時間を超えて残業(時間外労働)をさせることはできません。

 平成10年労働省告示第154号「時間外労働の限度に関する基準」によれば、36協定で定める時間外労働の限度時間は原則として月45時間以内としなければならず、例外として臨時的に限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情が予想される場合に限り、特別条項を設けることによって、1年の半分を超えない期間について、時間外労働時間を延長することができるとされています。

 

3.長時間労働と労働災害

 長時間労働をさせていた労働者が、死亡したり病気になってしまった場合、使用者は本人や遺族から損害賠償請求をされる可能性があります。例えば死亡事案の場合に、業務と死亡との間の因果関係が認められると、賠償額は1億円近くになることもあります。この因果関係の認定において、裁判所が参考にしているのが、厚生労働省の労災認定基準です。

 この基準によれば、脳・心臓疾患の場合には、発症前1カ月間に100時間、または発症前の2~6カ月間にわたって月平均80時間を超える時間外労働や休日労働をさせていると、業務と発症との関連性が強いと評価されます。また、精神障害の場合には、発病前2カ月間におおむね月120時間以上、または発病前3カ月間におおむね月100時間以上連続して時間外労働や休日労働をさせていると、強い心理的負荷があったと認定されます。

 つまり、慢性的に月80時間ないし月100時間を超える時間外労働や休日労働をさせていると、労働災害が発生した場合に、業務と損害との間の因果関係が認められやすく、使用者が多額の損害賠償責任を負うことになりかねないということです。このようなリスクを回避するためにも、また、労働者に心身ともに健康に働き続けてもらうためにも、長時間労働が生じないように配慮することが肝心です。

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