吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、日本税理士会連合会顧問の鳥飼重和先生(鳥飼総合法律事務所)の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第45回 邪魔な杭

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 町田 覚

吉永弁護士 安斉社長、最近は貴社の景気がとてもよいそう

ですね。社長ご自身の報酬もだいぶ上がり、配当も増加し、

使い道に困るほどだと聞いていますよ。

安斉社長 とんでもないです。不景気が続いていたのが、や

っと上向きになってきて、ようやく少し余裕ができたくらい

です。ですから報酬や配当は多少増えましたが、取り立てて

いうほどではないですよ。

吉永弁護士 そうでしたか、確かにずっと不景気でしたからね。

安斉社長 ところで先生。今度、個人でマンションを建てよ

うと思っているのです。

吉永弁護士 やはり収入が増えたのですね。

安斉社長 いやいや、土地は父親から相続したものですし、

建設の元手はこれまでコツコツ貯めてきたお金ですよ。マン

ションも小さいものです。会社を引退したあとの収入確保の

ために建てようと思った次第です。

吉永弁護士 何を仰っているのですか。社長にはずっと社長

を続けていただかないと。とはいえ、景気のよい話でよいこ

とですね。

安斉社長 ありがとうございます。そのマンションの建設は

既に始めているのですが、建設業者が「土地に埋まっている

杭が邪魔で工事がやりにくい」と言っているのです。

吉永弁護士 その杭というのは、境界標のことでしょうか。

安斉社長 境界標というのは何ですか。

吉永弁護士 土地の境界を明らかにするため、境界線の端と

端に打たれるものです。

安斉社長 そうなのですね。そういえば、父がお隣さんと立

ち会って杭を打ったと言っていたのを聞いた気がします。

 私としては、建設が容易になるなら、一時的に抜いてしま

ってもよいのではないかと思っています。今度、抜くように

言うつもりです。

吉永弁護士 えっ! それはやめてください。もしそれで、

土地の境界が不明になるようなことになれば大変なことにな

ります。

安斉社長 先生、それはどういうことですか。

吉永弁護士 境界標を抜くという行為は、刑法262条の2の境

界損壊罪にあたる行為です。境界標を抜いた建設業者の担当

者が罰せられかねません。

安斉社長 罰せられるのですか? その杭は、お隣さん立ち

会いのもとに打っただけで、国が打ったわけではありません

よ。

吉永弁護士 境界標を誰が設置したかということは関係あり

ません。

安斉社長 そうですか。罪になる行為だったのですか。私は、

危うく罪人をつくるところだったのですね。危ない、危ない。

吉永弁護士 その場合は、社長も同罪になりえますよ。

安斉社長 えー、どういうことですか。私が杭を抜くわけで

はないのに。

吉永弁護士 杭を社長の指示で抜かせた場合、刑法60条によ

り、社長も境界損壊罪の共同正犯となるのです。ちなみに、刑法262条の2では、その罪を犯した者は5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処すると定められています。

安斉社長 恐ろしいですね。私は知らない間に犯罪者になる

ところでした。絶対に、抜いていいとは言いません。

吉永弁護士 まあ、仮にそのような行為をしてしまった場

合、逮捕、起訴され、懲役刑や罰金刑に処せられるかどうか

は分かりませんけれどね。

安斉社長 法に触れるようなことはしませんし、させませんよ。

吉永弁護士 それがいいですね。でも、「工事がやりにくい」

と言っているということは、ひょっとしたら、境界標を誤っ

て抜いたり、壊したりしているのかもしれませんね。

安斉社長 どんな状況なのかは詳しく聞いていないので分か

りません。うっかりやってしまった場合でも犯罪ですか。

吉永弁護士 それは微妙ですね。刑法262条の2は過失犯につ

いては規定していません。

安斉社長 それなら、うっかりなら大丈夫なのじゃないですか。

吉永弁護士 「抜いてしまいそう」「壊してしまいそう」「実

際にそうなってもいいや」などと思っていたとすれば、それ

は未必の故意があったとされて、刑法262条の2の行為にあた

るということになります。

安斉社長 分かりました。建設業者には間違っても境界標を

抜くことがないように言っておきます。ありがとうございま

した。

吉永弁護士 ちなみに、過失で抜いてしまったり、壊してし

まったりした場合、刑法262条の2で罰せられることはありま

せんが、その後の後始末が大変ですよ。

安斉社長 といいますと。

吉永弁護士 境界標の位置は正確に戻さなければなりません。境界標は土地の境界を明確にするものですから、それがずれれば、一方の土地が狭くなり一方の土地がその分広くなります。一方が他方の土地の所有権を侵害するということになるわけです。そのようなことになれば、お隣さんともめるもとです。

 また、適切な場所が分からなければ、土地家屋調査士に依

頼してきちんと測量しなければならないという事態にもなり

かねません。測量には当然お金がかかりますから、金銭的な

負担も生じます。いろいろな問題が発生するということです。

安斉社長 なるほど、杭を抜くと悔いが残りそうですね。

わはははは。

吉永弁護士 ……社長、一度逮捕されてみますか。

【解説】

 境界損壊罪に関する裁判例として昭和42年1月26日佐世保簡易裁判所判決があります。この判決では、「境界毀損罪は、所有権、地上権、借地権、小作権をはじめ、土地に関する権利の単位の範囲に重大な関係をもつ『境界の明確性』を保護法益とし、その境界は、必ずしも正しい法律関係を示している必要はないが、境界が慣習的に、また、関係者の明示または黙示の合意により、あるいは権限ある公の機関の行為などによつて、一般的に境界と認められるものであることは必要である」とされています。つまり、隣人との立ち会いにおいて設置した境界標によって設定された境界もこの罪によって保護されているのです。したがって、隣人の確認のもと設置した境界標を抜いた場合も本罪にあたることになります。

 隣接土地の所有者が国、地方公共団体等の場合の境界標の一時的撤去に関しては、公的な手続きがある

と思われますので、国等にお問い合わせすることをお勧めします。

 

※参照条文(刑法)

<境界損壊罪>

第262条の2 境界標を損壊し、移動し、若しくは除去し、又はその他の方法により、土地の境界を認識することができないようにした者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。