吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、日本税理士会連合会顧問の鳥飼重和先生(鳥飼総合法律事務所)の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第44回 退職者にも賞与を支給する

      必要がある!?

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 四戸健一

吉永弁護士 ……それでは、今回の案件は、お打ち合わせの

とおりに進めさせていただきます。今日はお忙しいところを、お打ち合わせのお時間をいただきありがとうございました。

武田社長 むむ……。

吉永弁護士 あら、武田社長どうかされましたか? 何か考え

込んでいるようですが。

武田社長 週末から夏休みの家族旅行に行く予定なのですけ

どね。

吉永弁護士 まあ! それは楽しみですね! あ、もしかしてご

予算が心配とか……?

武田社長 ああ、いや、実は昨日、既に退職している元事務

員のSさんから賞与を支給してほしいとの要求がきて、ここで

もめると夏休みがなくなるかなと思って……。

吉永弁護士 あらあら、それではご家族ががっかりしますも

のね。ちなみにその元事務員さんは、具体的にはいつ退職さ

れたのですか?

武田社長 今年の4月末日です。お正月明けに、「田舎の母親

の具合がよくないので帰って面倒をみたい」と2月末での退職

を希望していたのですが、今辞められると業務に支障が出る

ので、後任が見つかるまではいてほしいとお願いしました。

 幸いお母さんの具合が小康状態を保っていたようなので、

退職を2月末から4月末に延ばしてもらえました。

吉永弁護士 退職について、御社の就業規則ではどのように

規定されていますか?

武田社長 わが社では、「退職を予定する日の14日前までに

退職願を提出しなければならない」ということになっていま

す。後任については、4月に採用した新入社員から適当な者を

選んで、Sさんから仕事を引き継いでもらいました。それで何

とか5月から引き継ぎのめどがついたので、Sさんには4月末付

で自己都合退職する旨の退職願を出してもらいました。

吉永弁護士 なるほど。それで、Sさんは何を根拠に賞与を請

求してきているのですか?

武田社長 賞与の支給対象期間中に在籍していたこと、その

期間中に遅刻や早退欠勤等がないこと、さらに会社の意向を

くんで退職日を延期し、後任が育つまで仕事に精励したこと

を挙げています。

吉永弁護士 そうですか。では賞与規定についても詳しく教

えてください。

武田社長 支給日は年2回、7月10日と12月10日と決められています。支給対象期間は10月から3月末、4月から9月末です。もっとも、支給対象期間の全期間に引き続き勤務した者で、支給日に会社に在籍する者のみに対して支払うことになっていますが。

 というわけで、Sさんは支給対象期間の全期間にわたって勤務しましたが、支給日の7月10日時点で在籍していなかったので、賞与は支払わないことにしました。

吉永弁護士 就業規則にのっとればそうなりますね。ところ

でその就業規則は周知していますか?

武田社長 個別に配ってはいませんが、従業員に置き場所を

知らせ、自由に目を通せる状態にはしています。こうしてお

けば、支給日に在籍していなかったことを理由に賞与の支払

いを拒否できますよね?

吉永弁護士 このようなケースに関して、「支給日に在籍して

いる者のみに対して賞与を支払う支給日在籍要件を規定する

就業規則に合理性が認められるならば、支給日前に任意に退

職した従業員に賞与の支給をする必要性はない」とする判例

があります。

 また、必ずしも従業員が任意に退職したとはいいにくい、

懲戒解雇・普通解雇・定年退職などのケースでも、支給日在

籍要件を有効として賞与の支給請求を認めなかったものがあ

ります。

武田社長 それじゃあ、やっぱり支払わなくてもよいのです

ね!

吉永弁護士 ただし本件のように、会社が頼み込んで2カ月間

も退職を引き延ばしてもらった場合は、これまでの判例とは

少し状況が違うかもしれません。御社にも不利な要素がある

ので、お互いに譲歩して話し合いで解決するのが一番よいと

思いますよ。

武田社長 分かりました! 確かにお互い納得のうえで解決す

ることが大事ですね。Sさんには判例等も示して、理解しても

らえるよう話し合ってみます。先生、ありがとうございまし

た!

【解説】

 学説上、支給日在籍要件を有効とする立場と無効とする立場に分かれています。

支給日在籍要件に対して否定的な立場をとる見解は、賞与の賃金の後払い的性格を強調します。一方、肯定的な立場をとる見解は、賞与は会社の業績や使用者による査定によって左右され、使用者の決定を待って支給の都度確定されるという点を重視して賞与の任意的性格を強調します。

 判例に関しては、昭和57年10月7日の最高裁の判例があります。この判例は、本件事案においては、任意退職者は退職時期を任意に選択できるので必ずしも不利益とはいえないし、退職時期を任意に選択できないものに対しては就業規則上、日割りによる賞与が支給されることになっているので、当該就業規則には合理性が認められ、当該就業規則にある支給日在籍要件を根拠とした賞与の不払いを肯定した高裁判断を支持したものと解されています。

 もっとも、その後の下級審の裁判例によると、必ずしも従業員が任意に退職したとはいいにくい、懲戒解雇のケース(東京高判昭和59・9・27)、普通解雇のケース(東京地判平成8・9・27)、定年退職のケース(東京地判平成8・10・29)でも、支給日在籍要件を有効としているものがあり、今後の判例の動向には注意が必要です。

 裁判所は具体的な事情のもとで支給日在籍要件の適用の判断をする傾向にありますが、本事案のように、会社が頼み込んで退職を2カ月も延長させた場合にも、支給日在籍要件を適用し、賞与を一切払わないことが許されるかは一概にはいえないと思われます。ゆえに、本事案においては、お互いに譲歩して和解で解決するのが妥当と思われます。