吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、日本税理士会連合会顧問の鳥飼重和先生(鳥飼総合法律事務所)の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第43回 残業代込みの年俸制?!

多額の未払賃金請求にご注意を

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 川久保皆実

吉永弁護士 小野社長、こんにちは。その後ビジネスのほうは順調ですか?

小野社長 おかげさまで、4月にリリースしたスマホゲームが

ヒットしまして、ここ数カ月で売り上げがガンガン伸びていますよ。

吉永弁護士 それは何よりですね。スタッフの皆さんはお忙しいのではありませんか?

小野社長 はい。うちはITベンチャーですからね。とにかく

働きまくってなんぼですよ!

吉永弁護士 そ、そうですか……。最近、従業員が会社を訴えるケースも増えていますから、労務管理には十分注意したほうがよろしいかと……。

小野社長 ハハハッ! うちに限ってそんなことはありません

よ。残業代だってきちんと支払っていますからね!

吉永弁護士 そうですか。……ちなみにその残業代、どのように支払われているのですか?

小野社長 うちでは、残業代込みの年俸制を採っているのですが……。それが何か?

吉永弁護士 その年俸、残業代とそれ以外の部分をしっかりと分けて規定していますか?

小野社長 いいえ、特に分けてはいません。例えばデザイナーのAさんについていえば、残業代込みで年俸700万円として、それを12等分して毎月支払っています。

吉永弁護士 社長、それでは残業代をきちんと支払ったこと

にはなりませんよ。

小野社長 えっ!? どういうことですか?

吉永弁護士 残業代込みの年俸制を採る場合、基本給部分と残業代部分が明確に区別されていなければならないというルールが裁判例等で確立されているのです。

小野社長 そっ、そんな……!!

 それじゃあ、もしAさんから訴えられたら、うちの会社はどうなってしまうのでしょうか?

吉永弁護士 年俸700万円を算定基礎として、別途残業代を支

払わなければならないことになります。また、場合によって

は裁判所から未払いの残業代と同一額の付加金の支払いを命

じられることもあります。

小野社長 具体的には、どれくらいの金額になるのでしょう

か?

吉永弁護士 Aさんの1日の所定労働時間と毎月の残業時間は

どれくらいですか?

小野社長 1日の所定労働時間は8時間で、残業時間は平均すると月100時間、そのうち、午後10時以降の深夜労働が月10時間くらいですかね。

吉永弁護士 そうすると、年間の労働日数を260日としてざっ

と計算しても、賃金請求権の時効期間の2年分で、未払い残業

代の額は1000万円以上となります。もし、付加金の支払いが

命じられた場合には、合計2000万円以上の支払いが必要とな

ります。

小野社長 ええっ!そんなことになったら、うちの経営は完全に傾いてしまいます。吉永先生、私は一体どうすればよいのでしょうか?

吉永弁護士 まずは、年俸のうち基本給部分と残業代部分を明確に分けて設定し、就業規則、雇用契約書、給与明細書などでしっかりと書き分けることが大切です。

 また、労働基準法に基づいて計算した残業代が年俸に含まれている残業代部分の額を超える場合には、その差額を支払うことを就業規則や雇用契約書に明記し、実際に差額がある場合にはきちんと支払うという運用をすることが肝心です。

小野社長 なるほど! 今のままでは会社が危ないので、早急

に対応したいと思います。

吉永弁護士 それから余談ですが、従業員に月100時間も残業

させるというのは、労働災害との関係でも会社にとって極めてリスキーです。この機会に、労務管理全体について見直したほうがよいかもしれませんね。

小野社長 仰る通りですね。会社にとって致命傷となる前

に、いろいろとアドバイスをいただけて助かりました!

【解説】

《年俸制と時間外労働割増賃金》

 小野社長の会社と同様、時間外労働割増賃金を含めた年俸制を採用し、それを12等分した額を毎月支給していた会社の事案で、裁判所は、時間外労働割増賃金分を本来の基本給部分と区別して確定できないので、そのような賃金の定めは労働基準法37条1項に違反して無効となるとして、別途時間外労働割増賃金を支払う義務があると判断しました(創栄コンサルタント事件・大阪地判平14・5・17労判828号14頁)。

 また、旧労働省労働基準局長の見解として、「一般的には、年俸に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが労働契約の内容であることが明らかであって、割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別することができ、かつ、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額以上支払われている場合は労働基準法第37条に違反しない」という点を認めたうえで、「年間の割増賃金相当額に対応する時間数を超えて時間外労働等を行わせ、かつ、当該時間数に対応する割増賃金が支払われていない場合は、労働基準法第37条違反となる」とされています(平12・3・8 基収第78号)。

 さらに、割増賃金を定額の基本給に含めて支払う形態に関して、最高裁は、当該基本給における割増賃金の部分が明確に示され、かつ、当該割増賃金相当額が法所定の額を満たさないときには、その差額が支払われる旨の合意のあることが必要であると判示しています(小里機材事件・最一小判昭63・7・14労判523号6頁)。

 そうであるとすれば、時間外労働割増賃金等を含めた年俸制を採りたい場合には、吉永弁護士が小野社長にアドバイスした通り、(1)年俸のうち基本給部分と割増賃金相当部分とを明確に分けて設定し、就業規則、雇用契約書、給与明細書等でしっかりと書き分け、(2)法所定の割増賃金額が(1)の割増賃金相当部分の額を超える場合には、その差額を支払うことを就業規則や雇用契約書に明記し、実際に差額がある場合には支払うという運用を行うことが重要であると考えられます。