吉永弁護士の「社長、他人事ではないですよ!」

中小企業の経営者にとって、税理士は最も身近な存在です。そのため、税務に限らず、公私にわたってさまざまな相談が寄せられることも少なくありません。そのような相談に応じて、各種の周辺業務に取り組んでいる方も多いでしょう。しかし、周辺業務は税理士の専門領域ではないため、対応ミスによりトラブルが生じやすいと言われています。この連載では、鳥飼総合法律事務所の代表弁護士である鳥飼重和先生の監修により、税理士に寄せられることの多い相談と、弁護士から見た有効な対応方法を解説します。

第27回 どうなる!?

行方不明の従業員との雇用関係

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 梅原 梓

武田社長 まさかうちの会社で……。困ったなあ。

吉永弁護士 武田社長、お待たせしました。おや、どうされ

たのですか?

武田社長 ああ、吉永先生。今日もよろしくお願いします。

早速本題ですが、実は、弊社のある従業員が、もう10日も無

断欠勤しているのです。

 どうやら、行方不明になってしまったようでして……。

吉永弁護士 あら……。

武田社長 彼は最近仕事に身が入らない様子が見て取れたの

で、どうしたのかと様子を聞いてみたら、「何でもありませ

ん」と言っていました。しかし、無断欠勤後に分かったので

すが、彼には多額の借金があったようなのです。

 つまり、借金から逃げるために行方をくらませたというこ

とですね。まさかうちの会社から行方不明者が出てしまうと

は思ってもみませんでした。

吉永弁護士 そうだったのですか……。ところで、武田社長

がお困りなのはどのようなことですか。

武田社長 それは彼の処遇です。彼の奥さんも、この10日

間、方々を捜したようですが、全然手がかりがなかったよう

です。借金の額がかなり多いので、このまま戻ってこないつ

もりなのかもしれません。もう少し様子を見るつもりです

が、もしも戻ってこなかった場合、弊社としても彼をずっと

雇い続けるわけにはいかないだろうと思います。

 しかし、解雇するには当人に解雇の意思表示をする必要が

あると聞いています。今回は当人が行方不明になっているわ

けですが、この場合、どうしたらよいのでしょうか。奥さん

に伝えれば、解雇できるのでしょうか。

吉永弁護士 なるほど。そういうことですね。まず、あくま

でも会社と労働契約を締結しているのは従業員さんなので、

自宅に解雇通知を送って解雇の意思表示をしたとしても、奥

様が受け取り、本人は受け取っていないという場合には意味

がありません。解雇の意思表示は、原則として本人に届くこ

とが必要です。

武田社長 それでは、ずっと雇い続けなければならないので

しょうか……。

吉永弁護士 いえ、そうではありません。就業規則に、従業

員が行方不明になった場合は、当然退職になるような内容の

定めがあれば退職させることができます。貴社の就業規則を

見せていただけませんか。

武田社長 はい、これが弊社の就業規則です。

吉永弁護士 ありがとうございます。……なるほど、就業規

則には「当然退職」を定める条項はないようですね。

武田社長 そうですか。それでは解雇できないということで

すか。

吉永弁護士 ほかにも方法はあります。例えば、民法98条に

定められている「公示による意思表示」という手続きによ

り、意思表示を相手方に届けるという方法があります。

 公示による意思表示とは、公示送達の規定に従い、裁判所

の掲示場に掲示し、かつ掲示のあったことを官報に少なくと

も1回は掲載するなどの同法所定の手続きにより、意思表示を

相手方に到達したとみなす制度です。

武田社長 なるほど。そのような方法があるのですね。

吉永弁護士 はい。ただ、時間と手間がかかってしまいま

す。

 そこで、これ以外の方法としては、依願退職として処理す

るということも考えられます。つまり、従業員の無断欠勤、

行方不明という行動を、その従業員の黙示の辞職の意思表示

とみなすことはできないかということです。行政解釈でも、

古い通達ですが、それができることを前提としたものがあり

ます。

武田社長 それはいいですね。簡単でよさそうです。

吉永弁護士 ただ、こちらの方法のでは、あとで従業員が戻

ってきた場合に、退職の効力が争われるかもしれないという

リスクが残ります。ですから、黙示の辞職の意思表示といえ

るかどうかの判断は、慎重に行う必要があります。

 結局、就業規則に「当然退職」を定める条項がある場合

が、最も簡単に雇用関係を終了させられます。

 警視庁が発表している「平成24年中における行方不明者の

状況」によれば、行方不明者は平成24年中に81,111人もいる

そうです。従業員から行方不明者が出るリスクはどの会社に

もありますので、就業規則の整備をしておくことが重要です。

武田社長 なるほど。「備えあれば憂いなし」だったという

ことですね。弊社の就業規則も、これを機に見直したいと思

います。ほかにも問題がないか心配なのですが、弊社の就業

規則を全部チェックして、問題点を洗い出してもらえません

か?

吉永弁護士 承りました。お任せください。

*解説*

 解雇の意思表示は使用者による労働者に対する意思表示です。したがって、労働者に当該意思表示が到達することが、効力発生のためのひとつの要件となります。

 そこで、一定期間が経過しても従業員の行方が分からず出勤しない場合に、当該従業員との雇用契約を終了させるにはどうすればよいかが問題となります。この点については、以下の3つの方法などが考えられます。

 

①就業規則の当然退職規定に基づき退職として処理する

②公示による意思表示(民法98条)により行方不明の従業員に解雇の意思表示が到達したものとみなし、解雇する

③会社の判断で、無断欠勤開始日に従業員から黙示の辞職の意思表示があったものとみなしてしまい、当該辞職の効力発生日と考えられる日を基準として依願退職として退職手続きをする

 

 このうち②については時間や手間がかかるという難点があり、③についてはあくまで事実上の対応であることから、「黙示の辞職の意思表示」をした覚えはないなどと、のちのち退職の効力が争われるリスクが残ってしまうという懸念があります。そこで、紛争防止という観点からは、①の方法が、比較的よいといえます。ただし、①の方法は問題が生じる前に就業規則に規定をしておくことが必要

です。

 行方不明の従業員の発生が一定程度予測される現状では、あらかじめ就業規則で対応しておくことが重要でしょう。